11.11.2012

異次元はドラム式洗濯機から 「アパリション」



降霊の、 いや恒例の新作ホラーレポート。 今回は正統派 心霊ものではあるが、 ディテールがパクリすぎて正統派とも言いがたい。 家に取り憑いているのではなく、 お前に取り憑いている、 とかはアレっぽいし、 「リング」 のオバケっぽいものはブラウン管からではなく、 ドラム式洗濯機から出てくる^ ^

怪しい機器をたくさん用意しての降霊実験を行う3名様。 降霊どころか、 異次元への扉を開いてしまったらしい。 ベンの彼女は天井に吸い込まれてしまう。 その後ベンは新しい彼女と熱々だが、 彼女もまた異次元からの侵入者に狙われることに。 優しいけども 霊に取り憑かれている、 そんな男は "恋人にしたくない男" トップ1だろう。 もう一人の、 霊を科学する男もついに壁の向こうに連れて行かれる。 実際には元人間の霊ではないらしいが、 これもアレっぽい。

スパークが飛び交うなか、 木の像のようなクラシックなアイテムが出てきたとき、 往年の名作 「マニトウ」 (1978) をふと思い出したが (VHSしかないんだな) 、 あそこまでの迫力もなく、 全体に低予算だけが意識されてしまう物足りなさ。

公開はおろかDVDスルーすらされない可能性も高いので^ ^ 物好きな方は海外版を取り寄せると耳の不自由な方用の英語字幕も付いているし、 それ以前に聞き取れなくても大して不自由しない作品でもあり、 英語の勉強も兼ねて一石二鳥。 その後、 レアもの中古ソフトとして売っぱらえばいいだろう。 乞うご期待。
(追記2013.4/18) 無事スルーされたもよう^ ^



アパリション The Apparition (2012) 日本未公開
監督 トッド・リンカーン 
アシュレイ・グリーン セバスチャン・スタン トム・フェルトン 
[日本版DVDはレンタルのみ?]

(おまけ) こちらが 「マニトウ」 (1978)

11.10.2012

ブリスの問題 TROUBLE WITH BLISS



DVDでのフォローが続く。 本作はそれっぽい邦題がついてDVDスルーされている日本未公開作品ながら、 悪くない小品。 さりげなくNYしているとも言えるし、 シリアスでコミカルな、 ありがちな日常、 あるいは ありえない日常の一コマを切り取った作品は、 派手なメジャー作品の裏でいつの時代も作り続けられる。

モリス・ブリス (bliss=至福) は35歳になっても親のスネかじりな恥ずかしい男だが、 貧乏人の子で独立心が薄いとスネかじりと呼ばれるだけで、 同じく独立心の薄い富豪のご子息は二世と呼ばれる。 そういう意味で成熟した社会では、 みなスネかじりかもしれない。

ブリスはスネかじりのくせに、 邦題の通り意外と女にモテる。 風来坊はどこか違って見えるのかもしれないし、 心の隅にはいつも現状に安住できない切迫感をかかえているから、 悩み多き乙女を引きつけるのかもしれない。 レコード店では女子高生からちょっかいを出され、 同じアパートの東洋系からも誘われる。 ひょんなことから、 ホームレスの振りをしてサバイバルゲームを楽しむ富豪の娘のハートを射抜いてしまったかもしれない。

ブリスの母はギリシャ系で、 彼が14才のときに死んだ。 ピーター・フォンダ演じる父と二人きりで暮らし、 部屋の壁には地図が貼られ、 母の故郷であるギリシャを始め、 世界各地を旅する計画はあるが、 実行された試しはない。 それより問題は女子高生。 奇遇にも旧友の娘だったのである。 奇遇などとは言ってられない。

さらにアパートの東洋系には夫がいるし、 富豪の娘にも別の運命の人が現れる。 ようするにモテていたのでもモテ期でもなく、 無害そうだったから ちょっと絡んでみただけのことだったのだろう。 ブリスは叔母がギリシャにいることを知り、 初めて旅行の計画を実行に移す。

とつとつと見れて面白かったが、 女子高生役のブリー・ラーソンのTバックのヒップがやや垂れ気味だったのは残念^ ^ まさか替え玉じゃないだろうな。 ぼーっと見てたので、 お父さんがビーター・フォンダという認識がないまま、 誰かに似てるなとずっと思ってた^ ^




ダメ男がモテる本当の理由 TROUBLE WITH BLISS (2011) 日本未公開 
監督 マイケル・ノウルズ 
マイケル・C・ホール ブリー・ラーソン ルーシー・リュー 
サラ・シャヒ ブラッド・ウィリアム・ヘンケ クリス・メッシーナ 
ピーター・フォンダ 

11.09.2012

トリノの馬 「ニーチェの馬」



ベルリンで銀熊に輝く本作はかなり風変わりな作品ではあるが、 セリフなどほとんどないにもかかわらずスクリーンから目の離せない面白さだった。 終末感を描いたと説明されているが、 スクリーン上では暴風のなか日常を維持しようとする二人の人間が、 何かしようとして何もできないでいるだけだ。 登場するのは他に近所のオッサンと流れ者数人、 そして一頭の馬。

しかしなぜ "トリノの馬" と原題に即した邦題にしてはくれないのだろう。 説明は冒頭のナレーションにあって、 トリノでニーチェが馬に出くわすエピソードではあるが、 それはあくまでニーチェの馬ではない。 "ニーチェの馬" なるニーチェ哲学があるわけでもない。 にもかかわらず、 あっさりとトリノをニーチェに変え、 'いかにも' な感じにしてしまう。 作品に威厳を補強しようとする作為が見え隠れするが、 それでも改悪にすぎない。 なぜ原題がニーチェの馬ではないか、 配給元はそのことをもっと考えた方がいい。 ニーチェにしたことで収益は伸びたのか。 それで伸びたなら日本の観客もナメられたものだが、 改悪について製作サイドは知ってるのか。

自分のような偏屈な観客は邦題を拒否するようになって随分になるが、 改善はほとんど見られない。 いい映画だからこそ "ニーチェの馬" という偽タイトルで記憶されるべきではないし、 会話されるべきではない。 インターナショナル・タイトルと同じように普通に訳してくれ。 それだけだ。 とまあ、 ぶってしまったが、 改めてムカついてくる。

気難しそうなオヤジが暴風のなか馬に引かせた荷車を走らせる。 家にたどり着くと女が出てきて作業を手伝う。 妻なのかと思うが後のナレーションで娘とわかる。 オヤジは右手が悪いらしく、 娘が着替えを手伝う。 スボンのチャックだけは自分で閉める。

娘が鍋に入れたのは石かと思ったが、 じゃがいもだった。 夕食は茹でたじゃがいもを素手で、 塩か何かを振って食べるだけ。 タンパク食品も緑黄色野菜もなし。 食後は ぼーっと座って窓の外を眺め、 就寝。 娯楽も風呂もなし。 朝 目覚めるとパーリンカという酒 (強いらしい) をひっかける二人。 その後オヤジは出かけるが、 馬が言うことを聞かなかったり、 町は破壊されたと聞かされたり。

やがて井戸が枯れ、 ランプが消え、 虫が木を食う音さえしなくなる。 荷車に家財を積んで移動を試みるが、 すぐに戻ってくる。 行く所はもう、 どこにもなかったのだ。 ランプがつかなくなってオヤジは言う。 "また明日やってみよう" と。

白黒で長回し、 アウグスト・ザンダー 「20世紀の人間たち」 に出てきそうな農夫とその娘は、 ついに神の不在を確信したのだろうか。



ニーチェの馬 (2011ハンガリー・フランス・スイス・ドイツ・アメリカ)
A TORINOI LO / THE TURIN HORSE  日本公開2012.2 公式サイト 
監督 タル・ベーラ 

11.08.2012

これは始まりにすぎない 「ちいさな哲学者たち」



"国家予算のムダ使いが問題視されるなか、 はたして修士資格が子守りをするだけの職員に必要なのか" フランスの教育相がそう言ったらしい。 それは幼稚園で哲学のクラスを始めた先生を指しているようだ。

フェイクでないドキュメンタリーで、 娯楽性はないので中盤やや退屈して中座、 けっきょく三日かけてしまったが無事 見終わった^ ^ ふと 「娯楽」 って何だろう、 などと考えたのは、 この映画の影響だろうか。

それにしてもフランス人は哲学好きだなと改めて思う。 アートやファッションと並んで文化だとも言える。 しかしお国のほうでは上の発言なので、 文化予算を引き出すのも簡単ではないようだ。 その幼稚園はどちらかというと白人の少ないエリアにあるようで、 ある種 世界の縮図のような教室で先生がろうそくに火をつけて 「さあ頭を使いましょう」 と切り出す。

「友だち」 って何? 「愛」 って何? から始まり、 「死」 「自由」 「違い」 「貧困」 などをテーマに哲学セッションは1年間続く。 しかし、 これで終わってしまうのか、 来年も続けられるかは微妙なようだ。 そもそも哲学は言葉による数式のようなところがある。 ボキャブラリーの少ない幼稚園児にとっては突拍子もない企画だったかもしれない。 案の定、 最初は混線し、 もじもじしながら話す子どもたち。 しかし回を重ねるごとに一人前の発言をするようになる。

友だちは手をつなぐけどキスはしない。 子どもは自由ではないが大人も自由ではない。 ホームレスに与えられないのは急いでいるから・・ 常識という定義に毒されてない子どもだからこそ、 考える習慣は身につきやすいかもしれない。 オシャレなヘアスタイルで哲学談議に花を咲かせる?黒人の女の子たちを見ていると、 フランス健在なりという気がする。

1年間の哲学セミナーが終わり、 小学校へ上がるとこの幼稚園が恋しくなるだろうと話す女の子。 しかし、 あるワンパクな男の子は、 話し合いによる解決はあいかわらず疑問のようだ。 先生は笑顔ひとつ浮かべない固い表情で、 次々に質問を投げかける。 それは決して結論を誘導するものではないが、 必ずしも子どもたちのためではなく、 自分の修士資格へのプライドだったかもしれない。 それにしても日本でこういう光景を目にすることは、 孫の世代になってもないという気がする^ ^ 幼稚な邦題がその証拠。 原題では "これは始まりにすぎない" のだから。


ちいさな哲学者たち (2010フランス) 日本公開2011.7 公式サイト
CE N'EST QU'UN DEBUT / JUST A BEGINNING
監督 ジャン=ピエール・ポッジ+ピエール・バルジエ 

11.05.2012

愛は戦いである 「愛と誠」



"君のためなら死ねる" のセリフで伝説となった70年代の劇画、 それを引っ張り出すだけでなく、 何とミュージカル?! 簡単に言ってぶっ飛んだ企画であり、 三池先生にしかできない芸当と言える^ ^ 「ヤッターマン」 のように劇場に飛び込みたかったところ、 何だかんだでDVDになってしまったものの、 すばらしい出来映えを堪能。

西城秀樹でも映画化もされているので、 敬意を表してか 「激しい恋」 から始まり、 「空に太陽があるかぎり」 「夢は夜ひらく」 「酒と泪と男と女」 「また逢う日まで」 と昭和の名曲がずらり ( 「狼少年ケン」 を除く?) これはもうオジサン世代には無視できない企画ながら、 大っぴらには語るには恥ずかしい作品で、 同世代の間で密かに話題にするほかない、 悲しい運命を背負った作品でもあると言えよう^ ^

俳優の歌は決して上手くはないものの、 過不足なくテーマにふさわしい一途さを持つ。 一人だけ上手い人がいると思ったら一青窈だったが、 このあたりのバランス感覚も三池監督ならではと言えよう。 なぜか若い人にも得体の知れない面白さと評判のようで、 監督の快進撃は続くのであった。 しかしまあ、 そんな安定感は逆に冷めた感じにもつながり、 もはや昭和を懐かしむ気分でもなく、 振り付けは大して面白くない気もするしで、 原作の孤高だけを再確認することになる。 どうせならついでに 「巨人の星」 を大マジで実写化してくれないかな。


愛と誠 (2012日本) 公式サイト 象のロケット 
監督 三池崇史 脚本 宅間孝行 音楽 小林武史 振付 パパイヤ鈴木 原作 梶原一騎
妻夫木聡 武井咲 斎藤工 大野いと 安藤サクラ 一青窈 市村正親 伊原剛志 
余貴美子 

11.03.2012

それがジョージだ 
「リヴィング・イン・ザ・マテリアル・ワールド」



中学一年のお昼の校内放送で流れた "She Loves You" が音楽への目覚めだと言ったら笑われそうだが、 事実なので困ったもんだ。 。 まさに電撃の走る瞬間だった^ ^ さすがにそれはリアルタイムではなく、 意識的な放送部の選曲によるリバイバルだったが、 見慣れた教室が、 窓から見る風景が、 その一瞬、 ハレーションして歪んだ。 その曲が何なのか調べて、 収録されているビートルズのアルバムを1枚買った。 アルバムの他の曲はやや退屈に感じて、 後にも先にもビートルズはそれ1枚きりだったが、 硬質な60年代の音源に触れると今でもビリっとくる気がする。

しかしなぜか、 そのスーパーグループにそれほど傾倒したわけでもなく、 とくに後期のヒッピー崩れ的なサウンドは辛気くさいとも感じて、 少し上の世代から学園紛争の話でも聞くように、 エネルギッシュだった時代にやや憧れを抱きながらも、 自分の時代と日常に帰って行ったように思う。 だからビートルズと言えばジョン、 ポールでしょ? 程度の知識しか持ち合わせず、 なぜスコセッシが今頃こんなドキュメンタリーを作ったのか、 しかもメインを張るのがジョージ・ハリスン? ・・というのが最初の感想だった。 ハリスンの奥さんに金を積まれたか? とか。 。

しかし見てみると、 何といい人なんだろう、 ジョージは^ ^ 流れる曲もなぜか半分以上は知っている。 ジョージにヒット曲なんてあったんだ ・・みたいな^ ^ あったどころか、 ビートルズが解散してからのビルボードの1位2位をジョージのソロがダブル独占するという快挙だったらしい。 そこでようやく、 ああそう言えば中学の頃、 俺はジョージが一番好きだと言い切る友人がいたことを思い出した。 その頃は、 あ、 そう・・ としか思わなかったが、 今ようやくジョージの魅力がわかった気がする。 そう言えば 「(500)日のサマー」 の彼女はリンゴが一番好きと口走って物珍しがられてたな。

3時間の長丁場にもかかわらず、 時代のエネルギーと鬱の伝わってくる映画だった。 同時に、 そんな時代はもう二度と訪れない、 いや、 自分たちには一度たりとも訪れていないことの空虚感を、 アヘンの燃えカスのような無感情とともに味わうことのできる希有なドキュメンタリーだとも言える。 それでも俺のギターは優しくむせび泣くぜ・・


ジョージ・ハリスン/リヴィング・イン・ザ・マテリアル・ワールド (2011)
George Harrison: Living in the Material World 公式サイト
監督 マーチン・スコセッシ  象のロケット