11.09.2012

トリノの馬 「ニーチェの馬」



ベルリンで銀熊に輝く本作はかなり風変わりな作品ではあるが、 セリフなどほとんどないにもかかわらずスクリーンから目の離せない面白さだった。 終末感を描いたと説明されているが、 スクリーン上では暴風のなか日常を維持しようとする二人の人間が、 何かしようとして何もできないでいるだけだ。 登場するのは他に近所のオッサンと流れ者数人、 そして一頭の馬。

しかしなぜ "トリノの馬" と原題に即した邦題にしてはくれないのだろう。 説明は冒頭のナレーションにあって、 トリノでニーチェが馬に出くわすエピソードではあるが、 それはあくまでニーチェの馬ではない。 "ニーチェの馬" なるニーチェ哲学があるわけでもない。 にもかかわらず、 あっさりとトリノをニーチェに変え、 'いかにも' な感じにしてしまう。 作品に威厳を補強しようとする作為が見え隠れするが、 それでも改悪にすぎない。 なぜ原題がニーチェの馬ではないか、 配給元はそのことをもっと考えた方がいい。 ニーチェにしたことで収益は伸びたのか。 それで伸びたなら日本の観客もナメられたものだが、 改悪について製作サイドは知ってるのか。

自分のような偏屈な観客は邦題を拒否するようになって随分になるが、 改善はほとんど見られない。 いい映画だからこそ "ニーチェの馬" という偽タイトルで記憶されるべきではないし、 会話されるべきではない。 インターナショナル・タイトルと同じように普通に訳してくれ。 それだけだ。 とまあ、 ぶってしまったが、 改めてムカついてくる。

気難しそうなオヤジが暴風のなか馬に引かせた荷車を走らせる。 家にたどり着くと女が出てきて作業を手伝う。 妻なのかと思うが後のナレーションで娘とわかる。 オヤジは右手が悪いらしく、 娘が着替えを手伝う。 スボンのチャックだけは自分で閉める。

娘が鍋に入れたのは石かと思ったが、 じゃがいもだった。 夕食は茹でたじゃがいもを素手で、 塩か何かを振って食べるだけ。 タンパク食品も緑黄色野菜もなし。 食後は ぼーっと座って窓の外を眺め、 就寝。 娯楽も風呂もなし。 朝 目覚めるとパーリンカという酒 (強いらしい) をひっかける二人。 その後オヤジは出かけるが、 馬が言うことを聞かなかったり、 町は破壊されたと聞かされたり。

やがて井戸が枯れ、 ランプが消え、 虫が木を食う音さえしなくなる。 荷車に家財を積んで移動を試みるが、 すぐに戻ってくる。 行く所はもう、 どこにもなかったのだ。 ランプがつかなくなってオヤジは言う。 "また明日やってみよう" と。

白黒で長回し、 アウグスト・ザンダー 「20世紀の人間たち」 に出てきそうな農夫とその娘は、 ついに神の不在を確信したのだろうか。



ニーチェの馬 (2011ハンガリー・フランス・スイス・ドイツ・アメリカ)
A TORINOI LO / THE TURIN HORSE  日本公開2012.2 公式サイト 
監督 タル・ベーラ 

6 コメント:

アパレルの履歴書 さんのコメント...

とても魅力的な記事でした!!
また遊びに来ます!!
ありがとうございます。。

kiona さんのコメント...

>アパレルの履歴書 さん
ありがとうございます! またお越しください^ ^

あいうえお~ん さんのコメント...

たまたまたどり着きました。
ニーチェの馬を友人に見てみろ、お前に必要だと言われて見てみました。
なにが必要だったのかまだ理解できてないのですが、調べてみるとまず邦題と原題の違いに愕然としました。
邦題のひどさは語り尽くされてると思いますが、ニーチェという言葉を使うことで、これから見る者に植え付けられるイメージの大きさを考えなかったのか。
そして制作陣にどれだけ失礼な行為か考えなかったのかよ、と思うわけで。
まあ制作陣がOK出してる可能性はあると思いますが、鑑賞した者なら、監督自身にその許可を求めることはなかったんだろうなということは断言できると思います。

トリノの馬、という原題を踏まえた上で、もう一度鑑賞してみたいと思います。
共感したので書き込まさせていただきました。

あいうえお~ん さんのコメント...

続けて書き込みすみません。
監督のインタビューや物語の解説を読んでいて、もしかしたらニーチェの馬という邦題に監督がOKだした可能性もあるなと思って来ました。
とりあえずもう一度、鑑賞してみます。

kiona さんのコメント...

>あいうえお~ん さん
コメントありがとうございます。

ハリウッド映画ではないし、監督の権限は大きいとは思うのですが、これだけ上映各国でのローカルタイトルがあるなか、監督がどこまで感知していたのかは微妙なところかなと思います。

http://www.imdb.com/title/tt1316540/releaseinfo

しかし、ざっと見ても「トリノ」が「ニーチェ」に変わっているは日本でのタイトルだけのようです。監督は来日もしていたのですが、その間に、このポイントを小耳に入れる人はいなかったのでしょうか。意識して疑問視されれば、原題が「トリノの」である以上、変えるのはおかしいし、まさか、そっちのほうがいいね、と言うなんてことはないと思うのですが^ ^

あいうえお~ん さんのコメント...

こんばんわ。
IMDBに各国の上映タイトル載ってるんですね。
勉強になりました。
これから使い方、学ばないとです。

僕もざっと見ましたが、ニーチェという言葉が入っているのは邦題だけですね。
昨今のニーチェの流行りにのっかってやろうというふうに思えてしまいます。

ただ、ニーチェの話に基づくという導入部分があるのと、監督のインタビューみると "映画の馬=ニーチェのその馬" ということが語られていたので、まあそこまでむちゃくちゃじゃないかなと思ってしまったのです。

というか初め見たときは、"映画の馬=ニーチェのその馬" ということは曖昧なまま、観客に委ねられたのかと思っていたのですが、よくよく調べてみると、ニーチェのその馬のその後を描いた映画ということが至るところに書かれていて、恥ずかしくなりました笑

原題を改変することに関しては、絶対に間違っているわけで、あえて声をあげなくてもいいかなとも思うのですが、今回のは微妙に変えている点、ニーチェという言葉をだしてくる点にいらいらしてしまって、書き込みしちゃいました。

スッキリしました笑