3.28.2011

疑似が疑似でなくなるとき Welcome to the Rileys



トレーラーを見たら、 簡単には説明できない種類の '引かれる' ものがあった。 まさにトレーラーだが、 海外ではすでにDVD/ブルーレイ化されていて、 今をときめくクリステン・スチュワートがストリッパーという汚れ役かつ、 監督はあのリドリー・スコットの息子さん (と言ってもすでに40代だが) という注目作なのに、 当然のように日本公開未定。 。 そんなもん待ってられっか、 とにかく見たい・・ そして見てみたら、 これがなかなか よかとよ^ ^ 常日頃からアンテナを張ってる甲斐があった、 走り書き冥利につきる映画と言える。

ストーリーは決して奇想天外ではないが、 新しい世界観への示唆に満ちている気がする。 映画は炎上するクルマから始まる。 それは15才の娘が事故で旅立つシーンだったが、 それから4年の歳月を経て、 夫は一見 平穏な日常を取り戻したかのよう。 今日も出張に出かける。 妻も精神安定剤を欠かせず、 ほとんど家から出ないことを除いては、 平静を取り戻したかのようだった。

夫は出張先のニューオーリンズで、 何を血迷ったかストリップ小屋に飛び込む。 そこではまだティーンエージャーとおぼしき少女が終局的なサービスを売っていたが、 男はこれを断ったため警官と決めつけられる。 その場はそれっきりだったが、 ふと立ち寄ったカフェで男は少女に再会する。 彼女は16才で、 幼い頃に交通事故で母をなくしたらしい。 亡き娘を重ね合わせ、 彼女の世話を焼きたくなってしまった男は、 ホテルは嫌いだから君んちに泊めてくれ、 一日100ドル払うから。 もちろん そっち系も一切なし。 そう告げると彼女は、 いぶかしがりながらも承諾する。

彼女の家はゴミ溜めのようだったが、 男はベッドメイクからトイレ掃除までを買って出ると同時に、 そうした家事があるのだということを彼女に教える。 トイレには神様がいてね、 とは言わないが、 彼女の言葉遣いにも おせっかいに注文をつける。 これまで、 そんなことさえ彼女に教える人がいなかったことを哀れむかのように。 そして教える相手がいなくなってしまった自分を慰めるかのように。

疑似的父娘の不思議な親交は続くが、 理由も明らかにせず出張から戻らない夫が気になった妻は、 ついに表へ出る。 そして下手クソな運転でニューオーリンズまで来てしまう。 途中のパーキングダイナーでは何十年ぶりかで男に声を掛けられたりしながら。 再会した夫は妻の変化に喜び、 躊躇せず少女の家に連れてくるが、 ここで行われていることがどういうことか、 自分は何をしているのか、 説明する言葉を持たない。 最初は取り乱した妻であったが、 やがて彼女も、 夫が説明不能となってまで世話を焼く理由がわかってくる。

少女が過激なランジェリーしか持ってないことを知ると、 コットンの普通の下着を調達に行く。 そこでのやりとりは母と娘そのもので、 つい数日前までは何の関係もなかった二人に奇妙な親密感が生まれる。 しかし物事はそう簡単には進まず、 彼女は警察沙汰を起こし、 夫婦は帰らざるを得なくなる。

(イギリス・アメリカの合作ではあるが) これまでのアメリカ映画だったら、 じゃあウチの子になれば、 とか言ってササッと養子縁組みを済ませてハッピーエンディング、 となったかもしれない。 が、 そうはならず。 解決はしないが希望はあるといった雰囲気のエンディングにセンスを感じる。 スチュワートはいつもながら体当たり演技だが、 ジェームズ・ガンドルフィーニやメリッサ・レオの演技のセンスが この作品の味わいを決定付けていると言える。

まだ年頃とはいかなくても、 娘を持つ人ならわかる特別な感情に満たされた作品。 説明のつかない人間関係の先に新しい世界が見えてくる、 そんな予感さえ漂う希少な作品ではないだろうか。 乞うご期待。

(追記12/31) またまた つまらない邦題になってスルー・・




ロストガール Welcome to the Rileys (2010イギリス・アメリカ)
日本未公開
監督 ジェイク・スコット 脚本 ケン・ヒクソン 
ジェームズ・ガンドルフィーニ クリステン・スチュワート メリッサ・レオ 

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